まやたろの体当たりチャリンコ日記

まやたろの体当たりチャリンコ日記

東京銀座のOL→山梨で農業と狩猟をはじめる→2016北米&南米自転車縦断→2017夏全国キャラバン!

ニャンドゥティの町、イタグア

「ニャンドゥティ」というパラグアイのレース編みをご存知だろうか。

先住民の言葉であるグアラニー語で「蜘蛛の巣」の意味を持つニャンドゥティ。近年は日本でも紹介され俄かに人気となっている。

 

matome.naver.jp

 

もともとスペインから伝えられた時は白一色だったが、その後草木染めでいろんな色に染められ、今では化学染料で色とりどりに染められた糸が使われている。

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イタグアの街に降り立ち、通りを歩くとニャンドゥティのお店がちらほら。

すべてニャンドゥティでできたドレスは、パラグアイの伝統的なボトルダンスやアルパの演奏時に使われるらしい。

 


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つづいてIさんの紹介でクリスティーナさんというニャンドゥティのベテランの方のお宅へ向かった。

パラグアイに来てはじめて馬車を見かける。

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そろそろこの辺かなー、と思いながら歩いていたら一人の女性に話しかけられる。

「Hola!どこへ行くの?」

「あ、クリスティーナさんのお宅へ。」

「わたしがクリスティーナよ。」

ちょうどクリスティーナさんはお出かけするところだったが、私たちを連れて再び家に戻ってくれた。

そして次から次へとニャンドゥティの作品を引っ張り出して来てくれて、あっというまに机の上はお花畑に。

 

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奥からクリスティーナさんのお母さんのシンドゥルファさんも出て来た。シンドゥルファさんは国からも表彰されるほどの腕の持ち主で、90歳を超えた今も現役のニャンドゥティ作家。ミシン糸のような細い糸を使って繊細かつ洗練されたニャンドゥティを作られる。

あまりにも美しい手仕事。ニャンドゥティを俄かにではあるがはじめたからこそ、これがどれだけの手間ひまがかけられているのかがよくわかる。いくつか見せていただくつもりが、あれもほしい、これもほしいとなって気づけばたくさん買っていた。

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私たちは日本で竹細工をしているんです、と言っていくつか竹製品を見せた。

小さな四海波を見せたら、シンドゥルファさんが「キャッキャッキャッ」とまるで少女のように笑った。その様子があまりにもかわいらしくて、そのかごをプレゼントしたら、嬉しそうにしてくれた。

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クリスティーナさんは用事があるというので、娘のマリアさんが相手をしてくれた。

「あなたもやるの?」と聞くと、

「わたしは嫌いよ。だって大変な仕事だもの。」とマリアさん

実際にお母さんやおばあちゃんがやっているのを目の当たりにしているからこそ、その労苦もわかるのだろう。そうは言ってもこれだけ美しい技術が途絶えてしまうのはなんとももったいない気がする。

わたしに教えてくれている先生も言っていたが、ニャンドゥティはこちらの若者にはぜんぜん人気がないらしく、やっているのはおばあちゃんばかり。どこの国でもそうだが、こうした伝統工芸だけで食べて行くのは難しいし、何よりも手間暇がかかる地味な仕事をやりたがる若者は少ないのだ。

 

わたしもせっかくなので本場のニャンドゥティを習いたいと思い、いろんな糸と刺繍枠、布などの道具を揃えた。

 

今回は滞在中にイタグア出身の近所のセニョーラに毎日マンツーマンレッスンをしてもらった。 

まずは布に図案を描き、それに沿って縦糸を張っていく。

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ニャンドゥティの技法は基本的に二つだけ。

上下上下、と交互に縦糸を拾って行くもの。

そして一本一本の縦糸に編み糸を結びつけて行くもの。

たった二つの技法だけど、その組み合わせや配色の違いによって、あれだけさまざまなモチーフを作り上げている。そのシンプルさと奥深さがなんとも面白い。

 

モチーフが出来上がったら、糊付けをする。

使うのはマンディオカというこちらで主食として食べられる芋のデンプン粉。

(マンディオカはアフリカではキャッサバ、アジアではタピオカと呼ばれるがすべて同じもの。)

これを水に溶いたデンプンのりにしてモチーフの両面によくすりこんでから乾かす。

 


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乾いたら布から外して出来上がり!

糊付けすることで布から外しても形が崩れないのだ。おもしろい。

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今や本場パラグアイよりも、むしろ日本の若い人たちの間で人気が出ているニャンドゥティ。素敵な作家さんたちもたくさん出て来ている。

#ニャンドゥティ で検索するとすごい数の作家さん達がいる。

 

パラグアイでもニャンドゥティの魅力に気づく若い世代がもっと増えて、こうした文化や技術を継承していけるような仕組みができればいいなと切に想う。

アレグアの愉快な仲間たち

アスンシオンから車で1時間ちょっと離れたアレグアという街。ここはいちごの産地として有名で、シーズンになると道路いっぱいに並んだ露店を目当てに大渋滞が起きるという。

 

そんなアレグアの郊外に住んでいるIさんのお宅を尋ねた。Iさんは98歳になるお母さんと90歳のおばさんの介護をするために、数年前にパラグアイに移住した。
「施設に預けるのは嫌だし、だからと言ってホームヘルパーを日本で雇ったらえらいことになるでしょ。でもパラグアイなら住み込みで人を雇っても月2−3万円だから。本当によかったわ。」という。

だんなさんのお仕事の関係で、中国、タイ、マレーシア、などいろんな国に住んだことがあるから、海外生活に慣れているとはいえ、それにしても行ったこともないはるか遠くの国に、高齢のお母さんたちを連れてひょいっと移住してしまうとは、すごい決断力と行動力だなあと思う。

 

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日本人移住者の多くは日本人移住区に住むことが多いが、この辺りにはIさん以外の日本人は誰もいない。その分パラグアイ人の知人友人がたくさんいて、「竹がほしい」「ニャンドゥティを習いたい」というわたしたちのお願いに応えてすぐに周りの人に聞いてくれた。おかげでその日のうちに竹をもらえるところも、ニャンドゥティそ教えてくれる先生も見つかり、我々は家にひきこもって竹細工とニャンドゥティに明け暮れた。


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ニャンドゥティというのはパラグアイの伝統的なレース編み。詳しくはまた後日書きましょう。
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ここの人たちはみんな気さくで暖かく、居心地が良かった。Iさんおすすめの近所のロミート(ステーキバーガー)やハンバーガーもおいしかった。f:id:mayataro811:20190308021805j:image

 

Iさんのお宅のすぐ近くにお友達が建てた家があり、まだ空き家だからと滞在させてもらった。その家の隣にはIさんが建築中のドーム型のペンションがあり、そこの大工さんであるウーゴとも仲良くなった。

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ある日Iさんのお宅に呼ばれてアサード(パラグアイ流のバーベキュー)をごちそうになっていると、ウーゴがこの近くにあるというアートの学校について教えてくれた。

 

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そこは土や竹、ガラス瓶やペットボトルの蓋など、自然素材と廃材だけでできた建物が立ち並ぶカルチャーセンター。誰でも自由に学べて、お金もかからない。そこにウーゴが立てたドーム第一号もあるという。

「なるべく自然の素材や捨てられてしまうもので建物を作りたいんだ」という彼。
わたしはパラグアイに来てから度々ゴミについて気になっていた。焼却炉もないので、燃えるゴミも不燃物もビンもペットボトルも全て一緒くたになって郊外に埋められており、臭いや汚染が深刻だという。アスンシオンの町を歩いていてもみんな平気でポイ捨てをするし、どこもかしこもゴミだらけ。だから彼からこの話を聞いただけですごくうれしくなった。
「今日はちょうどminga(みんなで掃除などの作業をする日)だからたくさん人がいると思うよ。」
というので、すぐに行ってみることにした。

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到着するなり出迎えてくれたのは日系3世のケニアさん。祖父母は宮城から移住してきたそうで、日本語も少し話せた。

ウーゴの作ったドームの中は図書館になっていて、みんなが本をきれいにする作業をしていた。わたしも少しお手伝い。

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El Cantaro というのは水瓶のこと。もともと陶器の町だったここアレグアでは昔はCantaroの生産が盛んだったが、使う人がいなくなった今は生産もされていない。

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土や竹、ガラス瓶が使われた建物。
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かわいらしいベンチ。これもモザイクアートかと思いきや、
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よくみるとペットボトルや瓶のふた!
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作業中だったはずなのにKeniaが学校のすみずみまで案内してくれた。狭い敷地の中に建物や畑が所狭しと並んでいる。

そして目に付いたのは後ろの竹林。彼女に聞くと、すぐに持ち主と交渉してくれて一本伐らせてもらった。

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黄色くて、ところどころ緑の縦筋が入った竹。アルゼンチンやメキシコでも同じようなのを見かけた。


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お礼にとその場でかごや指輪を作ってプレゼントすると、ぞろぞろと人が集まってきて、「次は是非この場所で子供達に教えてあげて!」との嬉しいお誘いもいただいた。

 

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実はこのアート学校を運営しているグスターボ夫妻は手工芸品を取り扱うお店もやっている。

後日、作った竹細工を持って再度グスターボたちを訪ねた。

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工芸の町でもあるアレグアにはいろんな職人がいて、かつては陶器の街として知られていた。今も土産物屋には陶器が並んでいるが、若い人たちはほとんど興味を示さないという。

「このお店や学校の趣旨は、子供たちや若者にアートに触れてもらうことを通して、それに価値を見出してもらうこと。プラスチックにアイデンティティや文化は継承できない。手仕事にこそアイデンティティが宿っている。」という彼と意気投合した。

4月の帰国直前に、またここに戻ってきてワークショップをすることになりそう。

どんな展開になるか楽しみである。

 

アレグアは、気候も人も心地よくて素敵な町でした。

パラグアイのスタンプラリー【永住権申請の仕方】

 

ニューヨーク、チリのサンティアゴで2回の乗り継ぎを経て43時間かけてパラグアイの首都・アスンシオンに降り立った。

真冬の日本から真夏のパラグアイへ。昼夜も季節も真逆な、地球の反対側はさすがに遠かった。

 

空港を出るとモワッとした熱気に包まれる。暑い。とにかく暑い。何もしなくても汗が吹き出て来る。去年の夏をニュージーランドで過ごした私にとっては実に2年ぶりの夏だ。

 

バスに乗って今日からしばらくお世話になる日本人宿、「民宿らぱちょ」さんに向かう。オーナーのゆきこさんとは日本を出る前から永住権申請やパラグアイの情報を事細かく教えていただいていた。 

そしてらぱちょには友人のちえちゃんも泊まっていた。ちえちゃんとはわたしが南米をチャリ旅していたときに、チリの日本人宿で出会ったのだが、その後パラグアイ人の彼氏ができて昨年の10月に永住権を申請したばかり。ちょうどそろそろ永住権ができる頃なので移民局に取りに行くというので、わたしたちが来るのに合わせてアスンシオンに来ていた。

arasa-kyabajyo.net

↑彼女のブログには永住権申請方法についてかなり詳しく書いてあるので大いに参考になりました。

 

翌日、ちえちゃんと一緒に移民局へ。右も左も分からないわたしたちにとっては心強い。だが、できあがっているはずの彼女の永住権は残念ながら写真が足りなかった(なくした?)とかであと1、2ヶ月かかるという。

「完全に向こうのミスなのになんのフォローもないところがパラグアイらしいわー」

と嘆くちえちゃん。パラグアイではよくあることらしい。

 

世界一簡単と言われるパラグアイの永住権申請だけれど、実際にやってみて思ったのは思った以上に時間も手間も取られるし、多少お金もかかるし、自力でやるなら日常会話程度のスペイン語はできないと難しいと思う。

アスンシオンのバスがめちゃくちゃわかりづらくて、10年近く住んでいるゆきこさんですら全てのバスは把握できていないらしい。路線図がない上に、複数の会社が運行していて同じ番号のバスでも行き先が違うこともあり、もうわけのわからないことになっている。

土地勘がなく、バスもよくわからない我々は、40度前後の猛暑の中を毎日10km以上歩きまわり、さながらスタンプラリーのようであった。

今回は事前にゆきこさんやちえちゃんから情報を聞いていたこともあって、割とスムーズにできたが、それでも一週間(土日はどこの役所も閉まっているので実質は5日間)かかった。先述のちえちゃんのブログにかなり詳しく書いてあるので、わたしが書くまでもないかなとも思ったけど、すでに当時と状況が変わっていたり、応対する人によって言うことが違ったりするので、興味があれば参考程度に読んでみてください。

 

 永住権申請方法

必要な書類

  1、2は日本から持参。

パラグアイからも取り寄せられるが3ヶ月ぐらいかかるらしい)

3−8はパラグアイでする作業。

1.日本の戸籍謄本

・本籍のある市町村の役場で発行してもらう(我々は謄本を持って行ったが1人の場合は抄本でOKらしい。その方が後述するコピーやエスクリバニアの枚数も少ないので安く済む)

必要な書類;身分証明書

(同一世帯であれば本人以外でも取得可能。実家の母に頼んで郵送してもらった)

費用;300円

 

2.日本の無犯罪証明書

・住民票のある都道府県警の鑑識課で発行してもらう

都道府県によっては受け付けてくれない場合もあるので事前に電話で確認したほうがいい。大分県は問題なく対応してくれた。)

・両手の指紋をすべて取るので本人がいなければいけない

必要な書類

申請書(在日パラグアイ大使館のページより。実際に使われるものとは違うが、書ける範囲で記入して持って行く)
・無犯罪証明書が必要である根拠を示す書類

移民局のページの該当部分をコピーして持って行った)

・パスポート

費用;1,000円ぐらい(だったような)

※1週間後に出来上がるのでまた直接取りに行く

(受け取りは委任状があれば本人以外でも可)

 

 1、2併せて外務省でアポスティーユしてもらう。(これをしてないと使えない)

郵送だと10−14日かかるが、直接持参すれば翌日に受け取れる。

 

 

そしてここからがいよいよスタンプラリー本番。これだけの場所を周ります。ゴールは移民局です。(必要な書類ごとに色分けしています)

 

TRADUCTORA日本から持ってきた書類を翻訳してもらう

翻訳してもらう書類

・パスポート顔写真(コピー)

・戸籍謄本

・日本の無犯罪証明書 

費用;翻訳 700,000Gs(2人分)

※2日後に受け取り

移民局向かいのエスクリバニアに併設されている翻訳やさんにお願いした。

 

3. パラグアイ法令遵守誓約書

費用;150,000Gs

法令遵守誓約書はどこのエスクリバニアでも作れるが、翻訳を頼むついでに作ってもらおうとしたところ、はじめ2人で500,000Gs(1人あたり250,000Gs)とふっかけられたが、他ではもっと安かったと言ったらその金額にしてくれた。

 

 

4. 外国人用無犯罪証明書(インターポール)

②書類をコピーし、エスクリバニアで※真贋証明(AUTENTICADO)してもらう

コピー&認証してもらう書類
・パスポート顔写真&入国スタンプのページ各3枚(この後も使うので多めに)

・証明写真を持参していない場合はコピー屋さんでついでに撮ってもらう

費用;コピー500Gs /枚、エスクリバニア2,000Gs /枚、証明写真15,000Gs

※真贋証明(AUTENTICADO)とは 公証人(Escribania)でそのコピーが本物と認証してもらうこと 公証人によって値段は一枚2,000Gs~5,000Gs程度 移民局前は高いので1ブロック離れたIturbe通りにあるところがおすすめ(となりにコピー屋さんもあるので便利)

 

インターポール外国人無犯罪証明書を発行してもらう

必要な書類

エスクリバニア済みのパスポート顔写真ページのコピー

エスクリバニア済みのパスポート入国スタンプページのコピー(ビザ代わり)

・顔写真2枚

費用;約60,500Gs

※翌日の昼以降に受け取り

ここでも指紋を全部とられる。

 

 

 

④(翌日)出来上がった外国人無犯罪証明書を受け取り、警察署2箇所で認証してもらう

必要な書類;インターポールでもらった外国人無犯罪証明書

費用;無料

 ※その場で受け取り

セントロ近くの警察署から行ければいいのだけれど、なぜか遠い方の警察署に先に行かないといけないのがとても面倒(嫌がらせにしか思えない)

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2箇所目のスタンプは裏面に押される

 

5. パラグアイの無犯罪証明書

Department of identification パラグアイの無犯罪証明書を発行してもらう

必要な書類

エスクリバニア済みのパスポート顔写真ページのコピー

エスクリバニア済みのパスポート入国スタンプページのコピー(ビザ代わり)

費用;63,000Gs

※その場で受け取り

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6. 健康診断書

病院へ行く

必要な書類;パスポート(受付時に見せるだけ)

費用;診察料 70,000Gs、血液検査 96,000Gs

※血液検査の結果が翌日に出るのでその結果を受け取り、医師に診断書を書いてもらう。

健康診断書をもらうにあたって病院はどこでもいいのだが、人によって、あるいは医師の判断によって費用も内容も大きく異なるようだ。要は「身体的、精神的に健康で、かつ感染症をもっていない」という一文がもらえればいいみたい。(我々は幸い血液検査だけですんだ)

 パラグアイのほとんどの病院は診察と検査場所が離れているので面倒(例えば医師が血液検査とレントゲンが必要だと判断したら一度検査機関で検査して結果を受け取ってまた病院に行かなければいけない)だが、我々が行った病院は検査機関も病院内にあるので非常に簡単だった。

国立病院で無料でやる方法もあるようで、同じくらぱちょに滞在していた方が挑戦していたが、検査項目が多くて何度も通わないといけない上に、時には次の検査まで2週間近く待たされたりすることもあるようなので時間のない方にはおすすめしない。

 

⑦健康診断書を受け取り、Minesterio de Salud (健康省)で承認をしてもらう

 必要な書類
・健康診断書
費用;10,000Gs
※7-13時しか空いていないので注意

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なんとその場で手書きでした
 

7. 居住証明書

⑧所管の警察署で居住証明書の申請をする

 必要な書類
・申請書(警察署でもらい、証人2名にサインしてもらう)
・外国人無犯罪証明書のコピー(スタンプが裏にもあるので両面)
パラグアイ無犯罪証明書のコピー
・電気代領収書のコピー
・パスポート顔写真コピー
・証人(パラグアイ人2名)のセドラ(身分証明書)のコピー
※いずれもエスクリバニアは不要
費用;証人のお2人への謝金 40,000Gs
※翌日受け取り
 
今回は滞在していた民宿らぱちょさんの住所を借りて申請させてもらった。本当にありがたいことです。オーナーの上田さんご夫妻は今までも多くの永住権申請者を受け入れてきているので、必要な書類の準備や証人のお二人とのやりとりなどもしていただいて本当に助かりました。完全なるご好意でやってくださっていることなのでお願いする場合はくれぐれも失礼のないようにしましょう。
 
 
 

8. パラグアイの銀行口座の残高証明書(5,000ドル以上)

(ただし雇用契約書等がある場合は不要)

Banko National de Formentoで銀行口座を開設し、5000ドルの残高証明書を発行
 必要な書類
エスクリバニア済みのパスポート顔写真コピー
エスクリバニア済みの外国人無犯罪証明書コピー
・預け入れるお金 28,500,000Gs(ドルで入金もできるがレートがあまりよくないのでグアラニーで入金した方がいい)
費用;残高証明書発行手数料 55,000Gs
 
 最後にして最大の難関だった銀行口座開設。
当初の予定では日系の銀行であるFinanciera Paraguayo Japonesaで口座を開設し、Transferwiseという国際送金サービスを使って送金するつもりだった。
だが窓口で聞いたところ、ここは銀行ではない(信託?)ので送金ができないことが判明し、さらには現金1,000ドルを預けるごとに12ドルの手数料がかかると言われたので他の銀行を探すことにした。しかしパラグアイでは外国人が銀行口座を開設できるところはほとんどなく、5ー6軒尋ねたが全て断られてしまった。
途方に暮れていたところで、翻訳の書類を取りに行った時に翻訳のおばさんから聞いたのがこのBNFの存在である。実はここのBNFは移民局と提携していて、永住権申請のための口座が開けるところで、必要な書類もパスポートとインターポールのコピー、そして現金5000ドルだけで済む。(そんな情報誰も知らなかったぞ)そして永住権が降りた時点で口座の凍結が解除されるそうだ。
だがここの銀行も口座開設は現金(しかも一括で5,000ドル分)を用意しなければならず、現金の入手に苦戦した。今回はやむなくWestern Unionという国際送金サービスを使ったが、手数料が高い上に家族にとても迷惑をかけてしまったので、前もって現金入手の手はずを整えておくべきだった。
 

 

⑩すべての書類をコピー&エスクリバニアする

 コピー&エスクリバニアする書類

・パスポートの顔写真ページ

・日本の戸籍謄本(原本、翻訳部分)

・日本の無犯罪証明書(原本、翻訳部分)
・外国人用の無犯罪証明書(両面)
パラグアイの無犯罪証明書
・健康診断書(両面)
パラグアイでの居住証明書
パラグアイ法令遵守誓約書
パラグアイの銀行口座の5,000ドルの残高証明書 

 ※すべてのページをコピー、エスクリバニアするのでかなりの枚数(30枚近く)になる。お願いしたコピー屋さんはたくさんあるからといってすごく安くしてくれた。

 

ついにゴール!!移民局へ!!

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 必要な書類

・上記⑩のコピー、エスクリバニア済みの書類

・パスポート以外の原本(原本は永住権が降りたら返却される)


費用;1,549,218Gs

 
3ヶ月から半年後に永住権がおりるそうです。
ひとまず終わってよかった。
 
 2019年2月現在の申請はこんなかんじでしたが、パラグアイでは申請時期や担当官によって条件がコロコロ変わることもあるので、あくまで参考程度にしてください。
 

なぜパラグアイなの?

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なぜパラグアイなの?

これはわたしが幾度となく相方にした質問である。

南米大陸を多少自転車で走ったことがあっても、パラグアイには行ったこともないし、何よりも日本から行くには時間もお金もかかりすぎる。だから移住先として考えるならもっと近いところー例えばタイとかフィリピンとか、東南アジアがいいんじゃない?と提案してきた。

 

そもそも、パラグアイってどこ?

パラグアイに行く、と言うと9割ぐらいこの質問が来る。わたし自身も恥ずかしながら調べてみるまでうやむやだった。名前は聞いたことがあっても場所をちゃんと把握している人はほとんどいないだろう。

 

ja.wikipedia.org

 

ボリビア、ブラジル、アルゼンチンに囲まれた内陸国

地球の歩き方を見ても、アルゼンチン、チリ、パラグアイウルグアイの4カ国がまとめられた1冊に、パラグアイが登場するのはわずか30ページ。それほど知名度も見所もない国である。

それでも相方はパラグアイがいいという。

 

まず、第一に日本人にとって永住権が取りやすい点。

パラグアイでは戦後の移住協定がまだ生きており、犯罪歴がなく、現地で口座を開設して5000ドル以上の残高証明が出せれば、ほぼ誰でも永住権を取得できるという。

 

第二に竹がある(らしい)点。

意外かもしれないが南米大陸にもかなりの種類の竹がある。わたしも自転車旅中いろんな種類の竹を見かけ、中が空洞でない竹を壁材にしたに家や、手作りの竹自転車で旅をしているブラジル人の女の子にも出会った。

パラグアイにも竹林があるようだが、竹細工に適した竹がどれぐらいあるのかについては未知数だ。

 

第三に南半球にあるという点。

もしも再び日本で地震原発事故が起きて、日本に住むことが難しくなった時、自分たちだけでなく、家族や友人知人を受け入れられる場を作りたい。そのためにも原発のリスクが少なく、資源ももたないために他国から狙われにくいパラグアイは最適だという。

だがいくら南米の中では比較的治安がいいと言われているとはいえ、銃国家でもあるパラグアイにはもちろん日本とは違うリスクがあることは否めない。

 

わたしも彼の言うことは概ね理解できるし、海外に住むこと自体にはそこまで抵抗はない。でも南米は遠すぎるし、行ったこともない国にいきなり移住とか言われてもピンとこない。

そしてかくいう彼もパラグアイには行ったことがない。二人とも行ったことのない場所についていくら議論を重ねたところで平行線のまま。とりあえず一回行って見ないことには何も進まない。そんなわけで今回行くことになったのだ。

彼はすっかり移住する気満々だけれど、わたしは実際に自分の目で見て、人と話して、そこの空気を吸って肌で感じてから判断したいと思う。

次なる目的地 Next destination

ニューヨークのJFK国際空港で9時間の乗り継ぎ便を待つ間、このブログを書いている。

ブログを書くのは実に半年ぶりだ。

この半年間、ブログ上ではニュージーランドで時が止まったままだったが、現実ではあれから半年しか経っていないのが信じられないほど、本当にたくさんの出来事があった。

1年の予定だったニュージーランドでのワーホリは、想定外の出来事によって、一度もワーキングすることなく1ヶ月半で終わってしまった。

その出来事をどう捉えたらいいのかわからず、帰国後もやり場のない感情をひたすらぶつけまくった。

家にこもっていてもストレスが溜まる一方なので、バイトをはじめたが、それも長くは続かず、やはり自分は何をやっても長続きしないだめなやつだという烙印を押されたような気がして、ますます塞ぎ込んだ。

 

それでも稲刈りや畑仕事、台所の床張りや薪ストーブの設置などやるべきことも少しずつ片付けて行った。やるべきことと向き合い、相手と向き合い、自分と向き合う中で、再びここに帰って来た意味がようやく分かって来た。

 

 
 
 
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ついに我が家にストーブが…!!

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竹細工も少しずつ作れるものが増えて来て、みかん農家の友人からはじめて仕事を頼まれた。

 

 
 
 
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はじめて作った買い物かご 縁巻きが難しいー 練習あるのみ #竹細工 #買い物かご #処女作 #bamboocraft

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そんな中、以前から相方が行きたがっていたパラグアイに一度行ってみようという話になった。それもただの旅行ではなく、移住先の候補地としての視察で、ついでに永住権も申請しに行くことになったのだ。

(※パラグアイは日本人が簡単に永住権を取れる国の一つ。なぜパラグアイなのか、それについてはまた追って書くことにしよう)

 
 
 
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JALの機内食レベル高すぎ

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というわけで、次なる目的地はパラグアイである。誰かと一緒に旅に出るのは久しぶりだ。

ニューヨークからさらにチリのサンティアゴで乗り継ぎ、パラグアイの首都であるアスンシオンに着くのは日本を出てから43時間後。

まだまだ先は長い。

 

Paeroa #1 Hauraki rail trail

ロトルアをあとにし、自転車を置かせてもらっているパエロアのロビンのもとへ。
見覚えのあるパエロアの街に到着し、大きな荷物を抱えて降りると、目の前を知っている顔が通った。ロビンだ。わたしを出迎えにわざわざバス停まで歩いてきてくれた。
「暗い中ひとりで歩かせるわけには行かないだろう」無愛想だけどすごくやさしい。
わたしが予定外に早く帰ることになったことを知って、彼は予定を立ててくれた。
「明日は午後からeバイクでHauraki rail trailにサイクリングにでも行くか?それであさってはHot water beachにでも行こう。ニュージーランドの思い出を作らないとな。」
 
ロビンの仕事が片付くのを待って16時前に出た。渓谷のところまで自転車を積んでバスで移動し、そこからサイクリング開始。

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つり橋を渡り、山道を進んで行くとトンネルが現れる。
トンネルは1kmちょっとあって、中は薄暗く、一人で進んでいたらとても心細かっただろう。
だがeバイクはすごい!サスペンションにディスクブレーキ、
そしてアクセルまで付いているこのeバイクはまるで原付のように進む。
21段変速が付いているのが不思議なぐらい、変速する必要すらない。
「ほら、アシストをMAXにしてアクセルふかしてみろ!」
言われたままにすると、ひゃっほーい!なにこれめちゃくちゃ楽しい!
この自転車だったら坂道も楽々だなあ。
ロビンも山道で乗るのははじめてらしく、とても楽しんでいた。

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自転車を置いて今度は渓谷をトレッキング。
18世紀後半に金鉱山で栄えて居たこの一帯は、
迷路のように広がる鉱脈、掘り出した金の入った岩を運ぶ線路跡、
岩を割りやすくするために加熱する巨大なケルン、
水力を利用して岩を粉砕する工場などが遺されている。
線路の上を歩き、ケルンをのぞきこみ、真っ暗な鉱脈を進む。
これだけのものを作り上げるのに、どれだけの労力と時間がかかったのだろうかと
想像するだけで気が遠くなりそうだ。
だが渓谷沿いの崖っぷちを進んでいくのはアトラクションのようで楽しく、
なによりも景色がすばらしかった。ロビンにつれてきてもらわなければ、
こんなところがあることすら知らなかっただろう。

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最後の最後で雨に降られた。慌てて車に駆け込んだ瞬間、
雨脚はさらに強まって雷雨になった。
かと思えばしばらくすると雨は上がり、綺麗な虹がかかっていた。
ニュージーランドにいたこの1ヶ月半で、一体何度虹を見たことだろう。
天気がころころ変わるこの国では虹は毎日のように見られる日常の光景だ。
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前日の夜にわたしが作った親子丼を美味しそうに平らげてくれたロビンは、
「今度は俺がハンバーガーを作ってやる」といってとびきりのハンバーガーを作ってくれた。
kumara(さつまいも)と豆のパテ、オニオン、トマト、レタス、チーズ、卵、ベーコン、ビーツ。
どんなに口を開いても入りきらないぐらい豪華なハンバーガーは、おいしすぎて2つ食べてしまった。
 

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背中と腰が痛いと言うロビンにマッサージをしてあげると、
少し触っただけで悲鳴をあげるほど痛がっていた。
こんなにひどい状態で、歩くのすらしんどいだろうに、
それを見せることなく日々仕事をし、おまけにわたしの面倒を見てくれる彼に改めて敬服の念を抱いた。
 
そのあとは二人でワインを飲みながらギターを弾いた。
と言っても、わたしとロビンが二人とも知っている曲は限りなく少なく、
ほとんどはロビンが弾き語りしてくれた。
 
「今日はとても楽しかった。ありがとう」そう言うロビンに、
「ありがとうはこっちのセリフだよ」と言うと、
「いや、あれは俺がやりたくてやったんだ。俺のエゴなんだ。」という。
そうやってわたしに気を遣わせないようにするところまで彼はとことん優しいのだ。

Matakana Market

Jul 28th

Matakana Weekend Marketに出店が決まり、それに向けて準備を進める日々。

https://www.instagram.com/p/Bluo2dJB97-/

Getting ready for the #Matakanaweekendmarket !!

 

エクスチェンジ(働く代わりに宿代を割り引いてもらう仕組み)で滞在させてもらっているミオさんのお家には竹がたくさん生えているので、持ってきた竹に加えてミオさんのお家の竹も使わせていただく。

初めて見る種類の竹。枝の範囲が広いのでうまく使わないと半分ぐらいロスしてしまう。

 

I used some new type of bamboo which were growing in the yard. I've never seen a type like this. It was a bit windy, but it worked out fine.

繊維もかなり曲がってウネウネしているものの、なんとか形にすることができた。

 

そして迎えたマーケット当日。

7時を過ぎてもまだ薄暗い冬の朝。雨が上がったのを見計らって、10km先のMatakanaまで走る。

8時過ぎにMatakanaに到着し、ファーマーズマーケットを覗く。あちこちからいい匂いがする。

後ろ髪を引かれつつも、自分の店の準備のためにマーケットを後にする。

我々の会場は地域のコミュニティセンター。ファーマーズマーケットに比べると認知度はとても低く、地元の人すら知らないほどだけれど、その分出店料も安く、わたしのような新参者も快く受け入れてくれた。

 

会場に入るなり、美しいフラックス編みのバスケットに目を奪われた。

 聞けば彼女はフラックス編み歴15年のベテランで、自宅で教室も開いているという。

ニュージーランドではいたるところにフラックスが生えており、マオリの人々は昔からこのフラックスを使ってカゴや食器を作ってきた。

編み方も竹細工に似ていて、彼女も私の作ったカゴに大変興味を持ってくれた。

他の出店者の方も素敵な人ばかりで、商品だけでなく、私たちのコンセプトに共感してくれる人がとても多かったのも嬉しい。

 

お箸とお鍋敷きをそれぞれ買ってくれた素敵な姉妹は、ここからしばらく北に行ったMangawhaiという町に別荘があるからいつでもおいでと言ってくれた。

 

It was such a lovely day!!
People in the Matakana weekend market was absolutely lovely!!
I’m happy that many people were interested in our concepts as well as the products.

Lovely sisters who bought the chopsticks and the pot stand invited me to their cottage in Mangawhai.

 

研ぎ師であるおじさんは、わたしの竹割包丁を見て

「なんでこんなに重くて研がれてないナイフを使ってるんだ?」

としきりにきいてきた。

竹割包丁は刃物を自分に向けて使うからあえてこうしてるんだよ、と説明しても首を傾げられる。

しばらくして戻ってくると、彼の手作りのナイフ(もちろん軽くてキンキンに研がれている)をプレゼントしてくれた。

たぶん納得してなかったからなのだろうけど、とっても嬉しい。

I made many friends here. A guy who is a knife maker and polisher seemed interested to see my knife. He couldn't understand why I was using such a heavy and blunt knife. I explained him it is meant to not to hurt yourself, but he didn't really understand. Few minutes later, he came back with a light sharp handmade knife and said it was a gift for me!! How lovely!!

 

お昼頃、天井の蛍光灯からもくもくと煙が出てきて、消防車が出動するハプニングもあったものの、1時間ほどでおさまり、ホッと一安心。

However there was some smoke coming out from the ceiling and we had to wait for a while for the fire fighters. I’m glad that it turned out to be ok.


お世話になってるタカさんファミリーやミオさんも遊びにきてくれた。

My friends came to see me as well.

帰りはミオさんが送ってくれたおかげで楽チン。車って速くて便利ですよね。

ミオさん、リック、一週間お世話になりました!

ミオさんたちはファームステイならぬ「アートステイ」をやってらっしゃいます。

滞在中は英語を学びながら陶芸家であるリックと一緒に陶芸をしたり、ミオさんと絵画や手芸をしたりできますよー。

Thank you Mio & Rick!!

They are doing an "Art stay". Where you can learn English and pottery while visiting. What a great idea!!

artstay.jimdo.com