まやたろの体当たりチャリンコ日記

まやたろの体当たりチャリンコ日記

東京銀座のOL→山梨で農業と狩猟をはじめる→2016北米&南米自転車縦断→2017夏全国キャラバン!

Day 347-349 Cancun

4/30 Sun

11時のフェリーでコスメル島を出発。爆睡していたらいつのまにやら着いていた。

 

 

Tres Bocasというセノーテに泊まろうか一瞬迷ったのだが、通りから少し離れていて面倒そうだったのでPuerto Morleosに向かう。町に着く少し手前でロードバイクに乗った人に話しかけられ、「これから海辺で友人と一緒に演奏するから良かったら一緒にどう?」みたいなことを言われたのでついて行ってみることにした。

 

浜辺についても彼は演奏する気配はなく、実際にはバンド演奏を聞きながら海辺でのんびりしよう、ということだったようで、どうやらわたしのスペイン語能力は未だにこんなもんらしい。

そんなわけで二人でビールを飲みながら海を眺める。観光客は少なく、地元の人でにぎわっていていい雰囲気だ。

 

6時になり、そろそろ今夜の寝床を探さないといけないのでロードバイクの彼に別れを告げて、キャンプ地を求めてさまよう。結局リゾートホテルとリゾートホテルの間のビーチに潜り込んだ。海が目の前にあり、最後のキャンプ地にふさわしいロケーション。

 

風強いしお腹すいたけど、食材がアボカド、パプリカ半分、マンゴーしかないのですこしずつかじって夕食とした。

 

5/1 Mon

夜明け前に目が覚める。朝日を拝もうと思っていたのだが雲隠れしている。外から大きなトラックのようなものが近づいてくる音がして、こっそり覗くと砂浜を整備するショベルカーだった。「こんなところで何してるんだー!踏み潰すぞー!」と怒られるかと思ってビクビクしながらテントの中で様子を伺っていたが、大丈夫だった。

人が来る前にそそくさと荷物をまとめて出発。

 

CANCUNのモニュメントの前は何かのアトラクションのように行列ができていて、いつもならスルーするところだがここはわたしの旅のゴールでもあるのでがんばって30分並んだ。

 

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それにしてもすさまじいリゾート地。わたしにはきっと一生縁の無い場所だろう。でもいいのだ。なんといってもわいには移動式5つ星ホテルがあるから。

 

カンクンの町につき、ロサス7という日本人宿にチェックイン。なんだかんだ個々最近は日本人宿ばかり泊まっている。いろんな意味でリハビリになるからちょうどいい。

明日空港へ行くのにどうするか悩んだが、ADO(高速バス)のターミナルが思いの外近いのでバスで行くことにした。そんなわけでダンボールをゲットしに近くの自転車やさんへ。100ペソというなかなかの高級ダンボールをゲットした。

宿に戻ってしばらくすると、みんなでごはんを食べに行くというので着いていくことにした。最後の晩餐はセビチェだった。

 

夜は外でテキーラを飲んでいた集団に誘われて、途中からその輪に加わった。今はGWだから、会社勤めをしている短期旅行者とフラフラしている長期旅行者が入り混じっていて面白い。結局3時ぐらいまで飲んでいた。

 

それにしても明日帰るというのが信じられない。ロスのトラウマ事件もあり、無事に帰れるのか非常に不安である。

 

5/2 Tue

とうとうこの日がやってきた。昨夜は3時過ぎまで起きていたのに、朝は6時前に目が覚めてしまってから不安で眠れず、空腹だったのでヨーグルトを一箱食べた。

荷造りをし、11時頃出ようとしたのだが、自転車と箱と荷物を全部一度に運ぶのはなかなか至難の業で、「ぐぬぬ…」とうめいていたところ、ケンさんとアツトくんがバスターミナルまで運ぶのを手伝ってくれた。ありがとう…。

バスターミナルに着いて自転車をバラし、箱に詰めようとしたのだが、ここでとんでもないことが発覚。なんと左側のペダルがネジから曲がっていて外れなくなっているではないか。どうりで前からなんか様子がおかしいと思っていたのだが、まさか曲がっていたとは…。わたしが四苦八苦していたところ、何人かおじさんがわらわらと集まってきて代わる代わる手伝ってくれようとしたが、とうとう外れず、ペダルを付けたまま無理やり箱に押し込んだ。どうにか入ったけどこれ以上ペダルが曲がらないか心配だ。

 

 

バスターミナルの向かいのお店で最後のメキシコ料理を食べ、バスに乗り込む。

ターミナル2で折りて運良くカートを見つけてチェックイン。フライトまでまだ4時間以上前なので空いている。続いて手荷物検査。本当は荷物を2つ預ける予定だったのだが、3/9から要項が変わったとかで2個目は有料だと言われたので、仕方なく手荷物にすることにした。ハサミとナイフだけ自転車の箱(預け荷物)に移したのだが、六角レンチやペンチ、ドライバー等が入っていたポーチを移し忘れ、手荷物検査で没収されそうになったので慌てて戻り、同じ便の人に荷物に入れてもらえないか頼み込む。最初の何人かには断られてしまったが、最後にやさしいお姉さんが入れてくれた。よかった…。

さていよいよトラウマのロサンゼルスへ。順調に行けるといいのだが。

Day344-346 Isla Cosmel

4/27 Thu

圧倒的な透明度を誇る、カリブ海屈指のダイビングスポット、コスメル島にやってきた。ここを目当てに世界中のダイバーたちが集うという。まあわたしダイビングできないんですけど。

 

プラヤ・デル・カルメンからフェリーに揺られること1時間…揺られるってレベルじゃねえぞ!ってぐらい揺れて、さすがのわたしも酔いそうだったので寝ることにした。

島に着くと桟橋のすぐ近くでかき氷を売っていたので多少の船酔いを引きずりつつ食べた。練乳とつぶしたバナナが入っていてなかなかおいしい。

 

コスメル島にはカサ・コスメレーニャという日本人宿があり、どうやらそこでおいしいランゴスタとコンク貝が食べられるというのだ。そう、何を隠そうコスメル島に来た真の目的は、美しいビーチよりも何よりも、おいしい魚介である。

予約なしだったが運良くドミトリーに空きがあった。ランゴスタとコンク貝はkg単位で注文しないといけないため、シェアして食べるのが一般的なのだが、この日いた宿泊客たちはみんな既にランゴスタを食べたという人ばかりで、ひとまずお預けとなった。

オーナーのゆきこさん指導の元、今夜はChile Molleというメキシコ料理を作ることになった。骨付きの鶏肉をカレーのようなルーで煮込む料理なのだが、野菜を入れると邪道らしい。ジャガイモとかにんじんとか入れたら絶対うまいんだけどな。

トルティーヤも一枚ずつ手作りで。このトルティーヤを伸ばす機械が欲しいけど、重くて持ち運びたくない。

シェアめしうまいです。

 

 

 

4/28 Fri

コスメル島は釣りのメッカでもあるらしい。となったら行かないわけには行かないでしょう。5:30に起きてトモさんとユカちゃんと近くの海へ。でも2−3時間ねばって、結局釣れたのはわたしのちっこいハタ一匹のみ。

 

 

獲ったどー

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宿に帰ってシエスタをして、午後はユカちゃん、ジンさん、サトシさんとシュノーケリングへ。ジンさんに銛の使い方を教えてもらい、何度か挑戦。なかなか深く潜れず、外しまくり、一度だけ小さな魚を一匹ゲットしたが、想像以上に小さかったのでリリースした。

釣ったハタは昨日のトルティーヤの残りと一緒に揚げ、さらに昨日の夕飯の残りに野菜を足してカレーみたいなのを作った。やっぱり野菜を足したほうがうまいぞ、メキシコ人。

 

 

4/29 Sat

朝食を食べ、サンドイッチを作って自転車で島を一周(約60km)してみることにした。

セントロの近くに売り切れ必須のフィッシュタコスやさんがあるというので行きがけに寄ってみる。案の定人でごった返していたが、ついに念願のフィッシュタコスが食べられた。中でもタコのタコスはこれまでメキシコで食べた中で文句無しでナンバーワンだった。

 

 

念願のフィッシュタコス!! Fish tacos at last!!

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さて、今日は向かい風かつくもりで海は荒れており、あまりテンションが上がらないままダラダラと漕いでいた。途中でビールを買おうとしたところ、一本4ドルという観光地価格にびっくり。仕方ないのでコーラで我慢しようと思ったら2ドルもしくは40ペソと言われ、200ペソを渡すとお釣りがないらしく、「ドルないの?」と聞かれる。ここは欧米か!と思わずブチ切れそうになった。アメリカの属国め。どこに行っても英語で書かれているし。

海も大荒れのもよう

 

この直後に風で倒されて砂まみれになったジミーくん

 

ビールにもコーラにもありつけず、風に煽られて景色も微妙という散々な目に遭い、トボトボと走っていたところ、テキーラ工場を発見。何やら面白そうなので入ろうとしたが、ツアーが14ドルと言われ、そんなにお金を持ち合わせていないので諦めて去ろうとしたら、なんと「案内だけならタダでいいよ」と言ってくれた。

テキーラはブルーアガペというパイナップルみたいな形の植物を7年ほど育て、葉っぱを切り落とした「実」の部分を蒸し焼きにして搾った汁を発酵させ、それを二度蒸留させて作るそうだ。

昔(人力)、植民地後(馬力)、そして現在(機械)のやり方が展示されていた。結局案内だけでなく何種類も試飲させてもらった。個人的にはアーモンド味が杏仁豆腐のような香りでとても美味しかった。このテキーラ工場の人達の優しさに触れて、それまでイライラしていた気持ちも吹っ飛んだ。お礼にチップとして有り金全部入れておいた。 

昔のやり方

植民地後のやり方

蒸し焼きにする窯

二度蒸留する

 

 

 

宿に戻るとランゴスタ&コンク貝祭り!

 

メニューはランゴスタとコンク貝の刺身、ランゴスタのオーブン焼き、コンク貝のアヒージョ、そしてコンク貝の炊き込みご飯。今日もまたゆきこさんの指示通りすすめる。

どれも噂に違わず絶品であった。これでもう思い残すことはないぜ!

 

 

Day 341-343 Playa del Carmen

4/24 Mon

居心地のいいキャンプ場から抜け出すにはそれを上回る何かが必要だ。一昨日ビーチで出会ったクリスからメールがあり、「お母さんがごはんを作るからよかったら食べにおいで」とのお誘い。食べ物のお誘いを断るというのはわたしの辞書にはないので喜び勇んでプラヤデルカルメンに向かう。

食べ物パワーはすさまじく、50kmを2時間半で走った。やればできる子、わたし。着いたすぐ後にレベッカとネイサンも来て、お母さんがChille Rellenoを作るのを見せてもらった。

 

まず焼いて皮をむいたピーマン(Chille Pobranoという特殊な品種)にOaxaca Quesoというチーズを詰める。それからメレンゲを逆さまにしても落ちないぐらいまで泡立てて、そこに黄身を戻して混ぜ、チーズを詰めたピーマンにコーンスターチをまぶしてからメレンゲにくぐらせ、多めの油で揚げ焼きする。

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トマトをミキサーにかけ、鍋に塩と一緒に煮立てて、焼いたピーマンを入れる。

メレンゲのフワフワがソースと絡んでめちゃくちゃ美味しい。

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レベッカたちは一足早くカンクンに行ってしまうので今度こそお別れ。わたしはそのままクリスのお宅に泊まらせていただくことになった。

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4/25 Tue

みんながSushiを食べたことがないというので、手巻き寿司をすることにした。

買い物へ出かけ、そのあとセントロに向かったのだが、メルカドが面白そうだったので途中下車。ハマイカ(ハイビスカス。こっちでは氷と砂糖を入れてジュースみたいにして飲む)やタマリンド(甘酸っぱい豆。これも砂糖を入れてジュースに)、カカオ豆などを買った。

帰りのバスが大渋滞で時間がかかり、家に着いたらすでにおかあさんがご飯を作ってくれていたので、寿司は明日に延期となった。

習字や折り紙をして遊んだ。あて字がだいぶ得意になった気がする。今までのお気に入りは「蜜貝(ミッシェル)」と「栗須茶奈(クリスティーナ)」。無理矢理感ハンパない。

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4/26 Wed

みんなでタクシーに乗ってビーチへ。風と波がとても強い。みんなで砂の城を作ったり、かわいい貝殻を拾ったり、定番のアレをしたりして遊んだ。

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家に帰ってからは手巻き寿司。トルティーヤに巻くメキシカン手巻き寿司も生まれた。これぞ多国籍料理ってやつである。

 

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Day 338-340 Tulum

4/21 Fri

朝の開場とともに一番乗りでトゥルム遺跡に入る。まだ人も少なく、気温も涼しくていいかんじ。海沿いにあるこの遺跡は他とだいぶ雰囲気が違う。耳をすませば聞こえる波音。悠久の時を経た遺跡たちは朝日を浴びてより一層神々しく見えた。わたしはこの遺跡が一番好きかもしれない。

 

 

 

かつては権力者たちが住んでいたこの地も、今やイグアナの住処となっているようだ。

ホステルに戻って例の朝食をモリモリ食べ、出発しようとすると、パニアやチェーンやハンドルのトラブルに気付く。ひととおり整備してから気を取り直して今度こそ出発。

さて、わたしは5月2日のカンクン発の便で日本に帰ることになっているのだが、カンクンまであと300kmを切ったというのにまだ10日以上ある。つまり1日30km程度漕ぐだけでも日が余ってしまう。しかしカンクンはリゾート地のため物価が高いと聞いているので、できるだけギリギリに着きたい。そんな訳でいかに時間をつぶすかが勝負というわけなのだ。

iOverlanderによると、20kmほど進んだところにキャンプ場があるらしい。レベッカとネイサンはもう少し先に進むというので、彼らと別れてそのキャンプ場に向かった。

ゲートが閉まっていたが、しばらく待っているとオーナーの友人だという人がやってきて開けてくれた。どうやらオーナーは出かけているようなのでハンモックでゴロゴロしながら待たせてもらうことにした。

気づくと3時間ほど経ち、夕方になってようやくオーナーが帰ってきたのでキャンプ場を案内してもらった。敷地は思っていたよりも遥かに広く、キャンプ場の周りにはセノーテや洞窟、ティピやアウトドアキッチンもあり、すごく素敵な空間だった。そしてちょうど空いているからということで屋根とマットと明かりが付いた超ゴージャスなテントで寝かせていただけることになった。最高だ。中途半端な安宿に泊まるよりテントの方が圧倒的に快適である。

 

4/22 Sat

すぐ近くにいいビーチがあるというので行ってみた。人も少なく、マングローブに木陰もあって快適。

オーナーにシュノーケルを借りたので早速潜ってみると色とりどりの魚がいる。水もすごくきれいなのに、サンゴは死んでいて悲しい。目には見えないけど汚染されているのだろうか。

ひととおり泳いで満足したので、途中の村で買ったパヌチョスを食べ、本を読んでいると、目の前に見覚えのある顔が…。なんとレベッカとネイサンだった!「なんでわかったの!?」と驚くわたし。わたしの自転車が停まっているので、このビーチのどこかにいるのだろうと思いながら何気なく歩いてたら発見したらしい。彼らは7kmぐらい先でキャンプをしているらしいのだが、ここのビーチがいいと聞いてわざわざ戻ってきたらしい。

 

二人と話していると、近くにいた家族が話しかけてきた。ここからすぐ近くのプラヤ・デル・カルメンという町に住んでいるという。娘のクリスは英語を勉強しているらしく、よかったらうちにあそびに来てね、と言ってくれた。

 

そのうち誰かがココナッツを拾ってきて、ココナッツ割り大会がはじまった。石や持っていた小型のナイフであれやこれややってみてもなかなか割れない。やっと割れたと思ったら苦労のわりに得られるものは少なく、「これならメルカドで15ペソで買ったほうがいいね」という結論に達した。

気付けば夕方になり、みんなと別れてビールと食材を買ってキャンプ場に戻った。

ビール片手にハンモックに揺られながらマヤの本を読み、夜は彼らに思いを馳せながら見よう見まねでドリームキャッチャーを作る。これ以上贅沢な時間があるだろうか。いや、ない。

 

 

4/23 Sun

すこぶる暇である。レベッカたちと一緒にキャンプするか迷ったが、ここれもう一泊することにした。

本を読んだりミサンガを作ったり、のんびりしているうちに昼過ぎになった。なにやら村の方から賑やかな音がするので出かけてみると、ただの野球の試合だった。

それにしてもこのマヤ族の本が面白い。ひとりの子どもが生まれてから成長する過程でどんな儀式を受け、どんな神がいて何をするのかなど、暮らしの様子がよく分かる。中でも衝撃的だったのは、マヤの人たちにとってはおでこが平らであることが美しいとされるため、生後間もなくまだ頭骨が柔らかいうちにおでこを板で挟んで縛るということ。所や時代が変われば美しさの基準も変わるのだなあ。

夜、オーナーのレンスが帰ってきたのでビールを飲みながら話した。彼は世界中を徒歩、馬、自転車、バイク、車、ヒッチハイク、クルージング…などありとあらゆる方法で旅してきたらしい。この土地は19年前に購入し、当時はジャングルで何を買ったかすらよくわからないほどだったという。整備を進めていくうちに、セノーテや洞窟、そして人骨も発掘されたそう。地元の先住民の人々の協力を得ながら、昔ながらの技法で小屋やコテージを建て、この場を作りあげてきたという。

「手に入れると飽きてしまって次のことがしたくなる。」だとか「子どもなんて持ったら囚われの身だ。」だとか、彼の持論は独特で、共感できるものもできないものもあったが、

「人生でやりたいことはすべてやった。だから明日死んでも後悔はない。」

と言い切る潔さが格好良かった。そんな風に生きられる人ってなかなかいないでしょう。

 

 

Day 336-337 Coba to Tulum

4/19 Wed

朝ダラダラしていたら雨が降ってきて、慌ててフライをかける。程なくして止んだタイミングを見計らい、急いで荷物をまとめてコバ遺跡へ向かう。

ここの遺跡は中が広いために自転車で周れると聞いていたので、とても楽しみしていた。ここまで自転車で来た甲斐があったぜ、遺跡ショットを思う存分撮ってやろうではないか、と鼻息荒くチケットを買い、意気揚々と自転車ごと入ろうとしたところ、係員に止められた。

係員「ここから先は自転車で入れない。自転車はここに置いて中のレンタサイクルで借りなさい。」

わたし「ええー!なんでですか?このために遠路はるばる日本からやってきたんです(大げさ)。レンタサイクル代は払うからお願いしますお願いします。セニョール!!ポルファボール!!」

と、30分ほどごねてみたものの、決まりだからダメだ、の一点張りで一向に拉致があかず、とうとう泣き寝入りした。何年か前まではOKだったらしいのだが、現在は禁止されているようだ。残念無念である。

 

憤慨しながら中に入ったが、ここでレンタサイクルを借りるのも癪に障るので歩くことにした。歩きはじめるとまた大粒の雨が降ってきたので、洞窟のようなところへ駆け込み、雨宿りをする。泣きっ面に蜂とはこのことだ。

 

ユカタン半島で最も高いノホックムルピラミッドは高さが42mあり、数あるマヤ遺跡の中でも頂上まで登ることができる貴重なピラミッドであり、これを目当てにやって来る人も多いとだけあって常に人で溢れていた。急勾配で上を見上げると思わず足がすくむほど。身体の大きい人はなかなか大変そうだ。ところどころ崩れかかっている上に雨で濡れて滑りやすくなっているので油断はならない。

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頂上にたどり着くと地平線まで見渡す限りの森、森、森…。当時の支配者たちもこのような景色を眺めていたのだろうか。

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おばけみたいな木もあるよ。

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遺跡を後にしてトゥルムに向かう。出発した途端に大粒の雨が降ってきた。まあ、昨日シャワー浴びてないしちょうどいい…ということにしておこう。

 

途中にある村はハンモックやドリームキャッチャー作りが盛んで、面白いのでひたすら眺めていた。一度通り過ぎたが、やっぱり気になったので引き返して習わせて欲しいと頼んだのだが、やんわりと断られてしまった。そんなに簡単なものではないらしい。

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色も形もさまざまなドリームキャッチャー。元は北米ネイティヴのものだが、いつしかここユカタンでも作られるようになり、彼らなりにアレンジされている。貝殻を使ったものは風に揺られるとカラカラととても心地の良い音が鳴り、たいそう気に入った。

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今日はどこに泊まろうかしらと迷っていたところ、トゥルムにいるレベッカとネイサンから「今ホテルに泊まってるけどベッドがひとつ空いてるからよかったらおいで」というメールをもらった。彼らとは以前サンクリストバルで会い、いつか合流しようと言っていたのでありがたくお言葉に甘えることにした。 

6時過ぎにホテルに着き、(ちゃんとした)シャワーを浴びた。二人は昨夜海岸沿いでキャンプをしていたら雨が降ってきてテントが浸水したため、部屋一面に洗濯物やテントが干されていた。そこにわたしのものも加わったことで部屋はかなりひどいことになった。

ここのホテルは6時から1時間はフリードリンクがあったり、どこかのレストランのような立派な厨房があったり、フリーフードがあったり、となかなかいいところ。パスタとスープを作ってシェア飯とした。久しぶりに人と食べるご飯はおいしい。

 

4/20 Thu

海岸でキャンプをしようと目論んでいたのだが、雨の予報なのでこのままもう一泊することにした。

朝食はオムレツ職人がいたり、自由に焼けるホットケーキ、パン、シリアルなどもあったりして最高だった。

 

お腹いっぱい食べてから部屋に戻ってひとしきりだらだらし、出発しようとしたら雨が降り出した。お昼に止んだのでタコス屋を二軒はしご。特に二軒目トルティーヤがこれまでのものとは明らかに違い、行列ができるのも頷ける。

お腹も満たされたので海へ向かう。思っていたよりも天気がよく、青空も出ている。海岸を散歩してから海へ入った。ありえないほど透明度が高い。レベッカといろんな話をしながら波に漂っていると時が過ぎるのを忘れてしまうほどだった。

帰りに魚屋さんで鯛を買い、フリードリンクを飲みながらごはんを作る。煮付けの味付けに砂糖がないのではちみつを入れたら不思議な味になってしまった。刺身はうまかった。

 

8時からフリーのサルサレッスンがあると書いてあったので楽しみにしていたのだが、予定の時間を過ぎても何もはじまらず、その看板は片付けられ、なぜかフラメンコショーがはじまった。悉くサルサに縁がないわたし。でも生まれて初めて見るフラメンコショーは惚れ惚れするほど格好良くて、ここがメキシコであることをすっかり忘れてしまうのであった。

 

Day 334-335 Chitchen Itza to Coba

4/17 Mon

チチェンイッツアの遺跡は大変混むと聞き、キャンプ場から2キロ先にある遺跡までチャリンコをとばして8時の開場と同時に中へ入った。さすがにまだ空いている。

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中央にそびえるピラミッドは一面につき91段の階段があり、91段×4面+中央の神殿=365日を表している。北側の両側にはククルカン(蛇)の頭部の彫刻があり、春分の日秋分の日に太陽が沈む時、ピラミッドは真西から照らされ階段の西側にククルカンの胴体(蛇が身をくねらせた姿)が現れるようになっている。パソコンも機械もなかった1000年以上前の時代の人たちがそこまで計算に入れて建築を行なっていたというのは信じがたい話である。

他のツアーを案内しているガイドさんの話が耳に入ってきた。彼はスペイン人とマヤ人の間に生まれ、マヤ語を喋るしマヤの文化(狩猟など)も行うが、マヤの人たちは彼をマヤと認めてくれない。そこで結婚式をマヤのやり方でやったそうだ。

まず1回目はお互いにHolaと挨拶を交わすところから。2回目は彼女の家にパンやコーヒーなどをたくさん持って行き、彼女の母親同席のもとに会う。3回目に結婚を申し込み、それから半年の間に自分の手で家を建てなければならない。あまりに辛くて途中で投げ出しそうになったが、いろんな人から叱咤激励をうけてなんとか頑張ったという。

結婚パーティーは3日がかり。1日目は家族、親族、友人。2日目は近所の人たち。そして3日目は誰でもウエルカム。その間新郎新婦は24時間(72時間?)手足をつながれた状態で過ごさなければならない。それだけずっと一緒にいられるか試される場でもあり、結婚とはそのぐらいの覚悟が必要だという象徴のようなものでもあるのかもしれない。そして彼はこの儀式をすべて行ってはじめて「マヤ」として認められたそう。なんとも面白い話であった。

 

 

つづいて球技場へ。マヤの中では神々への生贄を決めるために、ゴムでできたボールを手を使わずに輪っかにくぐらせる球技が行われており、中でもここチチェン・イッツァの球技場は最大級である。ちょうどタイミング良く日本人ガイドの方が説明されていたのでまたもやちゃっかり紛れ込むわたし。

競技は7人VS7人で行われ、高さ8mのところにある輪っかにボールを入れたほうが勝つ。負けたチームのリーダーが首をはねられて生贄にされるというのだが、最近では生贄になるのは名誉なことだったので勝ったチームのリーダーだったのではないかという説が有力だとか。いずれにせよ血みどろの戦いである。また、全長165mもある球技場の端と端でどうやってコミュニケーションをとっていたかというと、壁に向かって叫ぶと、反対側の壁から声が反射して聞こえるのでそれを利用していたようだ。ちなみに球技場の中で手を「パン」と叩くと7回反響する。(7という数字はマヤにとって重要な数字だったよう)それにしてもこれらをすべて計算に入れて作っていたマヤすげー。すごすぎる。

あまりに感激したので売店でマヤの本を買ってから遺跡をあとにした。

 

宿に戻って荷物をまとめて出発…したのはいいが、コンビニで水を買おうとしたところ大きいサイズが売ってなかったので代わりに5kgの氷を買った。この灼熱地獄の中では氷も一瞬でお湯になってしまうので、少しでも冷たいものを確保できる名案だと思ったのだが…氷を狭い口の水筒に移すのが思いの外大変で、コンビニの前でガシャガシャと氷と格闘していたら小1時間ぐらい経っていた。何やってんだわたし。

気を取り直して13時に出発。相変わらず単調な道だが、今日は雲が多くて助かる。

Vallaloidというかわいらしい街に着いた。ここにとどまるか迷ったが、もう少し先にSuytunというセノーテがあるというのでそこまで行くことにした。プールとハンモックとセノーテがあり、プールの目の前でキャンプしていいと言われた(50ペソ)。最高のロケーション。セノーテは残念ながら18時に閉まってしまったので目の前のプールで泳いだ。スッキリ。

 

ユカタン半島、道はつまらんが毎日面白い宿?に泊まっている。

 

4/18 Tue

朝9時にセノーテが開くというので行ってみた。薄暗い階段を降りていくと天井から差し込む僅かな光に照らされ、セノーテが現れた。わたしの他に誰もいなく、時折聞こえる水音の他はしんと静まり返っている。よく見ると黒い魚影があちこちで揺れている。冷たい水に潜り込み、静寂の中にぷかりと浮かんだ。時が止まったようだった。

立ち上がると足元がフカフカであることに気づく。泥炭が蓄積しているようだ。思いつきで泥パックをしてみたら、肌がつるつるになった。

 

 

6時に起きたにも関わらず、セノーテで泳いだりネットの海で泳いだりしていたらあっという間にお昼になってしまった。

今日はジャングルを通ると思っていたが終始何もない道だった。コバという村に着き、テントを張れそうなところを探していると、おじさんが家の前に張っていいよと言い、家族総出で手伝ってくれた。そして犬がたくさん寄ってきた。

なぜだかクッキングセットをどこかで紛失してしまったため、空き缶で卵や米を調理してみた。火力が弱すぎたため、卵はなんとかできたが、米は失敗した。それにしてもこの方法だとビールをたくさん飲まないといけないなあ。困った困った。

 

 

 

 

Day 332-333 Merida to Piste

4/15 Sat

7:30に出ようと思ったのに起きたら7:30だった。ラファとたかしくんに見送ってもらった。ラファにTシャツをもらった。デカイ。

 

 

 

今日もだらだらと漕ぐ。昼頃セノーテという天然プールがたくさんある町につき、汗を流そうとひとつめのセノーテへ入ったものの、地元民でごった返していてぬるいし、あまりきれいじゃないのですぐに出た。

 

気を取り直して2つめのセノーテに向かう。途中から未舗装になり、手袋を落としたので拾おうとしたところ、チャリがひっくり返り、倒れたチャリを起こそうとしたらペダルがかかとに刺さって流血した。

ぐおおおお…!!と悶絶していたところ、通りがかったお姉さんが持っていたビールで洗い流してくれた。冷たいビール…ひと口ください…とは言えず、申し訳ないやらもったいないやら。かかとに口があれば飲み干したかった。

どうにかしてたどり着いた2つめのセノーテは人も少なく、ターザンロープがあったり、魚も泳いでいたりして楽しかった。まあぼっちなんですけど。ひとりでターザンロープで飛び込んでもちょっと悲しい気持ちになるだけだったので一回でやめた。

 

ここのセノーテはキャンプもできるらしく、ここで泊まるのもいいかと思ったが、まだ15時だしもう少し先に進むことにした。

10km進んだ村でごはんを食べ、そこからさらに10km先の村へ。宿やキャンプ場もないような小さな村だったので、警察署に入り、ここに泊めていただけますかと聞くと、奥に進んだところにテントを張っていいと言ってくれた。

言われた場所に向かって100mほど歩いて行くと、妙な視線を感じる。ふと右に目をやると、なんと檻の中に人がいた。二つの檻に男性と女性が1人ずつ入っていた。

 

!???

あまりのことに混乱して、咄嗟にhola!と挨拶をすると、向こうもhola!と返してくれた。どうやら悪い人ではなさそうだ。視線を感じながらテントを張り、ドキドキしながら夜を過ごした。深夜23時頃に再度檻の方に目をやると2人ともいなくなっていた。あれは一体なんだったのだろうか。

 

4/16 Sun

昨夜も激しい物音と暑さで何度も目が覚めた。ユカタン半島に入ってからキャンプでまともに寝られた試しがない。

今日は7時に出発した。やはり早起きはいいですな。涼しい。

なぜかアップダウンが地味にある。この前平らよりアップダウンがある方がいいとか言ったから引き寄せたのだろうか。

走っている途中に、ふとメリダで行こうと思っていたマヤの博物館に行き忘れたことに気付き、ちょっと後悔した。メリダではいろいろとやろうと思っていたことがあったのにビールとハンモックですべて吹っ飛んだ。

 

それからふと昔のことを考えた。わたしは昔からコンプレックスの塊だった。ガリガリで身体が弱く、とにかく自分に自信がなかった。アトピーがひどくなってからは対人恐怖症になった。人に見られるのが嫌で、自分を見るのも嫌で、鏡を見てはいつも泣いていた。挙句の果てには家中の鏡に紙を貼って見えないようにした。いつも妹がうらやましかった。かわいくて世渡り上手で、みんなから好かれて、何をやっても許されてしまう彼女のことをいつも羨んでいた。

今もコンプレックスはたくさんあるけれど、そんなことよりも元気で生きていることがすでに素晴らしいことなのだと思えるようになった。自分で選んだ道。小さな選択の積み重ねで、今私はここにいる。それを忘れてはいけないよな。後悔しても前を向こう。また次がんばればいい。がんばらなくてもいい。その時の自分の心の声に従うまでだ。

 

なんで急にそんなことを考え出したのかよくわからないけど、そんなことをぐるぐると考えているうちにチチェンイッツア遺跡の近くにあるピステという町に着いた。お腹が空いたのでPocchocというポークステーキを食べ、Piramid Innというバブリーな香りのするホテルでキャンプをした。

 

 

プールに入り、シャワーを浴びて洗濯をし、自転車のホイールの振れ取りをしていると、オーナーのジョンに誘われてごはんを一緒に食べた。アメリカ出身の彼もまた世界中を旅し、アメリカ、カナダ、香港、メキシコ、といろんな場所に住んできたという。渡り鳥のように軽やかに、旅するように生きる。いろんな生き方があるんだな。