わたしはずっと結婚に憧れていた。
いや、結婚というよりも家庭に、もっと言えば子育てに憧れていた。
それは周囲の友人が家庭を持ち始めたからという安直な理由や、親が元気なうちに孫の顔を見せてやりたいという親孝行願望に加えて、自分の子供に会ってみたいとか、自分がどんな母親になるのかという純粋な興味も大きい。
海外と日本の自転車旅を終え、次なる目標を見失っていたわたしは、ちょっと、いや相当焦っていた。
「これぞ運命の相手だ!!」と出会って2回目で結婚を決めるドラマみたいな展開に、自分で酔いしれていたのだろう。完全に浮かれ、舞い上がっていた。
レストランに入れば、ハンバーグとカレーとパスタで延々15分は悩んでしまうわたしが即決するほど、運命を感じていたのだ。
「わたし結婚するんです!!」と叫びまくっていた。
今思い返すと、穴がなくても自分で掘って入りたいぐらい恥ずかしいけれど、あの時のわたしは本気だった。
この人となら同じ世界を描いていける、そう確信したのだ。彼も同じ想いだったと思う。
本気で結婚するつもりで、一緒に住み始めた。
山と温泉に囲まれたそこそこの田舎町。
駅徒歩3分、スーパー自転車20分、温泉徒歩30秒。生活には不便しない。
彼はそこでガスも冷蔵庫もない生活をしていた。
竹細工で出た竹のゴミや枝を集めてかまどに火をおこし、庭で採れた野草や野菜でごはんを作る。
ミツバチたちが頑張って集めてくれたハチミツをしぼり、パンケーキにかけて食べる。
思い描いていた理想の暮らし、SNSで切り取られた「すてきなスローライフ」の裏側では、連日激しい抗争が繰り広げられていた。
どうしてもっとこうしてくれないの?
わたしはこんなにがんばっているのに、なんで認めてくれないの?
怒りとかなしみが爆発し、相手を傷つけ、同じだけ自分も傷ついた。
自分のことばかり主張して、相手をコントロールしようとしていた。
自分のことしか見えてないわたしに、結婚なんて土台無理だった。
逃げ出したくて、いろいろと理由をつけて旅に出た。
でもいろいろあって、結局すぐに帰ってくることになってしまった。
その時も深い絶望に苛まれた。
どうしてわたしはここにいるのか。なんのためにいるのか。わからなくなってしまった。訳も分からず涙が溢れてくることもあった。
わたしをよく知る友人や家族からも心配された。
わたしは元来ひとりが好きだ。
山梨に住んでいた時も、「こんな広い家に一人で住んでてさみしくないの?」とよく聞かれたが、わたしは自由気ままな一人暮らしを愛していた。
旅にしてみたって、誰かといくのももちろんたのしいけれど、ひとり旅がやっぱり好きだ。その土地の風景や雑踏の中に溶け込んでいける感覚。誰にも合わせず、自分の興味と直感にしたがって動けるのが好きだ。
だからそんなわたしが24時間365日、誰かと一緒にいることは苦痛でしかなかった。
相手に合わせようとして、苦しくなって、結局お互いを傷つけてしまうぐらいなら、自分の生きたいように生きて、生き生きしているほうがずっと平和だ。
「一緒にいないといけない」という思い込みから離れた途端、心がすーっと楽になるのを感じた。それと同時に、旅を終えてからずっと見えなくなっていた次の目標がようやく見えてきた。
「しばらくここにいさせてほしい」という身勝手な娘の願いを快く受け入れてくれた両親には本当に感謝しかない。今はいろんな思い込みや常識から離れて、少し客観的に関係性を見つめ直そうとしている。
わたしはどこへ向かうのだろう。先のことはわからないけれど、いつも自分の心に正直に、ワクワクすることを選んでいきたい。